あの日、そのマスクマンは写真を手に大阪府立体育会館第2競技場のリング上にいた。静かに打ち鳴らされる10カウントゴングを聞いてバックステージに戻って来ると、記者に囲まれた。そして、こう口にした。
「今日の昼過ぎにメールが1本届きまして、ミスター・ヒト、安達(勝治)さんが亡くなったという話です。私は知りませんが、平田という男が、とても悲しんでメールをくれました。27年ぐらい前ですか。彼はカルガリーで、安達の下で修行してました。プロレスの一からすべてをあの人に教えてもらったらしいです。朝から晩までつきっきりで、毎試合、必ず会場の隅で平田選手のファイトを見守り、毎日ダメ出しを出して、『こうしたらいい』『ああすればいい』というアドバイスも(あった)。彼にとって一番重要な1年間でした。私も悔しいです。もう1回、会いたかった。ご冥福を祈るだけです」
2010年4月21日のことだった。
そんなスーパー・ストロング・マシンのことを、カルガリーの師匠はこう語った……。
◇ ◇
マシンは自分からカルガリーに来たんだよ。メキシコからオレの家(うち)に電話がかかって来てさ。メキシコで一緒だったジョージ(高野)とヒロ斉藤が先にカルガリーに来てたんだけど、1人になって寂しかったんじゃない? 後を追う形でやって来たよ。まあ、オレの方も2人いるのも3人いるのも同じだから、エアポートまで迎えに行ったよ。
アイツってなかなかハンサムじゃない。オレは彼の顔を見て、これはインディアン(のキャラクター)にすればいいってピンときたよ。まあ、同じテリトリーに日本人が何人もいても仕方ないからね。
そして(カルガリーに来た)次の日に頭をモヒカンに刈って、サニー・ツー・リバースとしてデビューさせたんだよ。でも、髪を刈ってるところを娘が見てて、「○○さんはインディアンじゃない!」って怒ってね、1カ月も口をきいてくれなかった(笑い)。
彼のインディアン姿はピッタリでね。すぐに人気者になったよ。インディアン・リザベーションへ行ったらヒーローでね。酋長が下方にしていたトマホークを持って来て、「これを使ってくれ」ってプレゼントされてた(笑い)。
誰ひとりとして彼がインディアンじゃないって疑う者はいなかったね。リング上でのダンスもサマになってたよ。オレが教えたというのに(笑い)。
それにしても、英語が喋れないインディアンっていうのも珍しいよな。オレも「彼は父親がインディアンで、母親が日本人。カナダで生まれたけど、すぐに母親に日本に連れて帰られたんで、英語がわからないんだ」って説明したね。それでもみんな納得してるんだから、彼の変身は大成功だった。
オレもいろいろアイデアを出してきたけど、彼のインディアン・レスラーは最高傑作だね。今からでも遅くないから、もう1回、モヒカンに戻してほしいね(笑い)。日本でも受けると思うよ。
それでにしても彼は物静かな男だったよ。あまり大声を出して笑うってこともなかったし。そのわりには、しゃべると面白いジョークも言うんだよ。レスリングのタイプは違うけど、(ラッシャー)木村さんに似てるね。
練習にしても1人で黙々とするタイプでね。カルガリーに来た時は90kgもなかったのに、1年後には110kgを超えてたんじゃないかな。」猪木さんがカルガリーに来た時もビックリしてたよ。
あの頃から彼はレスリングがうまかったね。パンチひとつ、キックひとつをとっても、うまさではトップクラスだったね。ただ、あまりにうまいんで便利屋みたいに扱われて、かわいそうだったよ。器用貧乏とでもいうのかな。
やっぱり彼はインディアン・レスラーの方がいいね。グレート・ムタみたいにたまに変身してみたらどうかな?
彼は物静かなヤツだと言ったけど、悪口は1度も聞いたことがない。また、彼が悪口を言うのも聞いたことがないね。
それに彼が怒ったところを見た覚えもほとんどない。「ほとんど」って言ったのは、俺が1度、怒られてるからなんだ(苦笑い)。
とにかく彼は、真面目っていう印象が強いね。コツコツと見えないところで練習してたし。日本人にはない、ゴッツイいい体をしてるじゃない。そういえば、凱旋帰国したとき、マシンじゃない別のマスクマンに変身するはずだったんでしょ? あの体を見たら、そのキャラクターにピッタリだったと思うよ。
英語が喋れないのにカルガリーでトップを取ったんだから、彼は海外で成功した方じゃないのかな。新日本プロレスにとって、マシンは大きな財産だよ。あんなうまいレスラーは、そうそういないんだから。でも、彼の素質を生かしきれてないっていうかね。素顔の方が、彼の持ち味を生かせると思うけど。でも、生みの親としてはやっぱりサニー・ツー・リバースに戻ってほしいね。人気も上がるだろうからね。
そうそう、日本に帰って来てからの話だけど、ジョージと神宮で大ゲンカしたことがあったらしいよ。あの怒らない男がケンカしたほどだから、よっぽどのことがあったんだろうね。まあ、物静かな男ほど、怒ったら怖いということだよ。
◇ ◇
そんな彼が今日、リングを降りる……。