元Fight野郎

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【2019.08.02 Friday 】 author : スポンサードリンク | - | - | - |
副産物
 5月30日(土) 天龍プロジェクト大阪大会へ。

 会場に到着するや、「なにわ天龍隊」の面々とバッタリ。挨拶を交わすや、2002年10月31日付の『週刊ファイト』紙面のコピーを手渡される。会長と副会長にご登場いただいて「なにわ天龍隊」を紹介した記事だが、そこには「“死に水”取らなければ悔いが残る」の見出しが…。その言葉通り、引退試合までの応援行脚には一段と力がこもっている。

 ただ、引退試合の日程がまだ決まらないのにはやきもきしている様子。どうやら両国国技館は仮押さえで希望日のスケジュールが押さえられているようで。ただ国技館の場合、数カ月前に使用料の一部を払い込まなければいけないため、キャンセルが出る可能性もある。それはともかく、佐野直が興行を打つと発表された時点で、「相撲協会も、どこにでも貸すんだなぁ…」と言われてしまっているが…。

 さすがに“天龍最後の大阪大会”とあって、会場に詰め掛けたファンは年齢層が高い。懐かしい顔もチラホラ見受けられた。個人的には金本浩二と高岩竜一が闘っているシーンが印象的。

 テリー・ファンクの“病欠”でドリー・ファンク・ジュニアとのコンビが実現したのはプレミアムもの。一方で、テリーの欠場理由である「肺炎」が少し気になるところだ。

 試合後、バックステージで並んでコメントを出す天龍、ドリー、NOSAWA論外。聞き耳を立てていると、知り合いの記者が「ドリーにも質問してくださいよ」とつついてきた。ということで、ちょっと気になっていたこと(過去に天龍とタッグを組んだことはあるのか?)を尋ねてみる。

 ドリーの答えは、「(修行時代の)アマリロで組んだことがあるかもしれないが、覚えていない。テンルーがトップレスラーになってからは初めて。彼はワタシノセイト。こんなに偉大なレスラーに成長してくれてうれしいよ」。

 それを聞いていた天龍にも、「アマリロでドリーさんから教えてもらったことはなんですか?」と尋ねると、「一番最初に教えてもらったのは、“プロレスってこういうものだよ”ということ。それまで日本でも教えてもらってたけど、講釈が付いてくるから。“そんな難しいもんじゃないんだよ”ってドリーさんが教えてくれた」。

 そんなやり取りを並んでじっと聞いているNOSAWA。立ち上がって控室に戻ろうとするところで、「いままでドリーと組んだことは?」と尋ねると、「闘ったことはあるけど、組んだのは初めて」と返してきた。NOSAWAにしても記憶に残るテリー欠場の副産物だったようだ。
【2015.05.31 Sunday 00:53】 author : 元Fight野郎 | - | comments(0) | trackbacks(0) |
欠航
 5月25日(月) 新日プロ燕大会取材。

 最寄り駅は上越新幹線・燕三条駅。大阪からの移動手段は、新幹線で東京乗り換え、北陸まわり、空路の3種類。結果、早めに予約できたこともあって空路を選択。

 午前の便での移動。家を出る前に調べたところ、定刻通りに出発とのこと。ちょうど通勤ルートとは逆向きとあって、ラッシュは回避。同じ車両に乗り合わせた電車内は、自分のほかに29人がシートに座っていた。相変わらずスマホや携帯電話をいじる乗客が多いので数えてみたところ、22人がそれに該当。残りは1人が学生で勉強しており、1人がパズルを解いている。残る5人は居眠り。

 空港に到着して搭乗案内のモニターを見たところ、「欠航」の文字が…。エッ! とりあえずカウンターで係員に尋ねると、「先ほど欠航が決まりました」とのこと。そして「他社便に振り替えます」。まあ、ターミナルを移動しなければならないが、会場到着までには十分余裕があるので、特に問題なし。それはいいが、こういう場合、マイレージの登録はどうなるの?

 快適なフライトで新潟空港に到着。リムジンバスで新潟駅まで移動し、遅めの昼食を済ませてから上越新幹線で燕三条駅へ。選手が会場入りする前に到着した。

 ぜひとも挨拶しておきたかったのが、デビッド・フィンレー。

 「親父さんからニュージャパンに留学するって話は聞いてたよ。澄江さんは共通の知り合いだしね」と伝えると笑顔で答えてくれた。“フィンレー2世”と紹介されているが、実は4代目。それもあってか、若いのに落ち着いた試合運びなのが目を引いた。

 試合を終えてホテルに戻り、作業を済ませてから食事に出かける。さすがに夜になると、半袖ではちょっと肌寒い。ホテル周辺に小洒落たレストランはなく、ラーメン屋に入る。
 
【2015.05.26 Tuesday 15:06】 author : 元Fight野郎 | - | comments(0) | trackbacks(0) |
緊急先発
 5月22日(金) 前日、伝えていたことから草野球の撮影に出向く。

 試合開始は19時予定だが、球場は17時から借りているとのこと。なんでも三々五々集まって来た者で練習するとか。仕事の都合で全員が早く集まることもないだろうから、練習のお手伝いができるようにとグローブを持参する。

 早速練習が始まった。最初は軽〜くキャッチボール。そしてノックへ。その時点で集まっていたのが5人。最初は“球拾いでも…”と思っていたのが、監督代行から「そこ守って」っとセカンドを指示される。

 結果、みっちりと守備練習をすることに。久しぶりに体を動かして汗をかいた。

 そうこうしているうちに対戦チームも球場に到着。ウオーミングアップを終えて試合開始の時間に。すると、「メンバー足りないから入って。(ポジションは)ライトね」と声をかけられた。なんでも監督もまだ到着していないとのこと。

 というわけでプレイボール。

 守備機会はなかったが、第2打席、ピッチャーゴロを打って一塁に走ろうとしたところで右ヒザがガクッ! 体勢を立て直して走ったもののアウト。その後、レギュラーメンバーが到着して交代。撮影に専念する。

 結果は5−3で勝利。とりあえず、足を引っ張らなくてよかった…。

 


 
【2015.05.23 Saturday 00:50】 author : 元Fight野郎 | - | comments(0) | trackbacks(0) |
切札投入
 5月21日(木) 前夜に続いてオカダ・カズチカ選手のラジオ生出演取材。

 7・5大阪城ホールのメインを務めるとあって、プロモーションも積極的。同番組には初出演となるが、すっかり顔なじみのスタッフとあって、出演中のスタジオ撮影も「どうぞどうぞ」と協力的なのはありがたい。つい、口を挟んでしまいそうになるが、それだけはグッと我慢。

 通称“チャルたたき”で逆に自らも“お仕置き”を受けるほど、リング上では絶対に見せないボケまでかますレインメイカー。

 取材後は局関係者といろいろと今後の仕掛けの打ち合わせ。ちょっとタイミングを逸した感は否めないものの、実現すれば面白いのだが…。
 

 


 
【2015.05.22 Friday 00:34】 author : 元Fight野郎 | - | comments(0) | trackbacks(0) |
案内収録
 5月16日(金) 7月5日に予定されている新日プロ大阪城ホール大会の観戦ガイド収録を同行取材。事前に送られてきたスケジュールを見ると、かなりタイト。手間取っていると、1日で収録しきれない恐れも。

 スタートはJR大阪駅前。しかし、真壁刀義選手が予定の新幹線に乗り遅れるというハプニング。結果、30分遅れで収録開始。スムーズに進めるため、あまり口を挟むことはしないでおこう。

 途中で本間朋晃選手も合流。さすがに地上波に乗っていることもあって、ロケの先々で声をかけられる。写真撮影にも気軽に応える両選手。中には差し入れしてくれる飲食店も。それもあって、時間はどんどん押していく。

 問題は大阪城でも収録。入場時間を少し回って現場に到着。係員のご好意もあって、何とか天守閣での収録も無事終了。
どのように編集されるかはともかく、こういうのを見ると“裏観戦ガイド”を企画したいなぁ…と思う今日この頃でございます。
 

 


 
【2015.05.17 Sunday 00:12】 author : 元Fight野郎 | - | comments(0) | trackbacks(0) |
プ歴道
 5月5日(祝) 新日プロ高松大会。

 前日に高松入りしているので、会場入りまでのんびり。周辺を探索するももいいが、せっかくだからちょっとした小旅行気分でも味わおうと出掛けることに。何も目的なくぶらぶらするももいいが、香川にいるのだからとPCで検索したところ、所要時間は1時間ほどということで、そこを目的地に。

 現地に到着して駅前の周辺地図で確認すると、目的地はまだ存在するようで…。

 さすがに四国有数の観光地とあって、人が多い。

 十分時間があったので、金刀毘羅宮にまで足を延ばすことに。
参道から石段を登り始めた。奥社までだと1368段。そこまで行くと今晩の撮影に支障をきたしそうだったので、約半分(785段)の本宮で折り返し。ここまで所用約35分。1段の下りを除いて登り一辺倒とあって、ふくらはぎが張っている。それでも呼吸を整えてすぐに下山。

 その後、目的地へ向かう。

 その場はJR琴平駅そばの駐車場。ゴールデンウイークとあって、全国各地からの車が並んでいた。

 1992年7月26日、ここでオリエンタル・プロレスが旗揚げされた。

 「こんぴら夏祭り」のイベントの一環として開催された大会で、メインは剛竜馬が独自ルートでブッキングしたジェシー・バー、ハリス兄弟(ロン&ドン)を含めた6人タッグマッチ。ロープワークを失敗した剛が、トップロープとセカンドロープの間から真っ逆さまにリング下に転落したのが強く印象に残っている。もちろん試合は剛組(剛&J・バー&?)の敗戦。3カウントを奪われた剛が、若手に両肩を支えられて引き揚げていく最中、要領がわからない若手に「しっかり持て!」と怒っているのも忘れられないシーンだった。

 「呼ばれればどこへでも行く」として“出前プロレス”を打ち出したが、それまでもあった“売り興行”を公にしたもので、業界内的には目新しいものではない。ただ、基本的にそれまでは決まった興行主としかビジネスしなかったプロレス界だったが、“出前プロレス“で素人でもプロレスの興行が打てるようになった。いいように言えば間口を広げたことになるが、逆にいえば業界のルールを知らない者を引き込んだことによって、トラブルの火種を作る要因にもなったわけで、その功罪は大きい。

 今でこそローカル団体花盛りで、地方での旗揚げ戦も珍しくなくなったが、当時は斬新だった。しかも売り興行というのは、おそらくFMWに次ぐ2団体目ではないか。

 少し遅めの昼食でもと思ったが、金刀毘羅宮、琴平駅周辺のうどん屋はどこも満員とあって、そのまま引き返して高松大会の会場へ向かうことに。

 会場では真壁刀義選手にある件の確認。

 今回の西日本巡業も、残すは1大会のみとなった。














 
【2015.05.05 Tuesday 17:55】 author : 元Fight野郎 | - | comments(0) | trackbacks(0) |
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