元Fight野郎

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獣神降幕

 3月7日(水) 獣神サンダー・ライガーが引退を発表した。おそらく、日本よりも海外の方が衝撃が走ったのではないだろうか。

 
 会場入りしても、真っ先に着替えて練習を始めていた。アリーナに姿を見せると、あいさつの元気な声を響かせていた。若手と変わらぬメニューでウオームアップをしていたり、開場ギリギリまでウエートトレーニングで汗を流している姿からは、リングを去る決断なんて微塵も感じられなかったが、本人しかわからない部分があるのだろう。

 

 とにかくライガーとは単独でも海外遠征の同行取材をしたことの思い出が多く残っている。ROHデビュー戦となったブライアン・ダニエルソン戦、TNAデビュー戦となったサモア・ジョー戦、オカダ・カズチカとの初遭遇となったカナダ・トロントでのタッグマッチ(UWAハードコア、ライガー、プーマ=TJP組vsウルティモ・ドラゴン、岡田かずちか組)、JAPWライトヘビー級王座奪取、PWGデビュー(エル・ジェネリコ戦)、PWSでのジョン・モリソン戦、CHIKARAでのマイク・クワッケンブッシュ戦……など。

 

 面白かったのは、米インディー団体でのバックステージ。会場入りして控室に通された際には、まわりから「あれ、誰?」といった視線を浴びているのだが、荷物をほどいてコスチュームを取り出して試合の準備を始めるにつれ周りもライガーだと認識するのか、あいさつしようと長い列ができること。ライガーは「あいさつされても覚えてられないよ」と苦笑するばかり。早い時間から試合の準備をするタイプでないので、あまりに多くのレスラーが並ぶと、着替える時間が無くなって次第に焦りが色濃くなっていく。そんなシーンをたびたび目にした。

 

 アメリカではコンベンションとして大勢のレジェンドが集まってのサイン会が開催されるが、そこでもライガーの元へ次々とあいさつに来る。ただ、ハルク・ホーガンやリック・フレアー、スティングなどの超大物はブースを離れられないので逆にライガーが足を運ぶ。すると、そばにいるマネジャーやセキュリティーは止められる。ライガーは「別にいいよ」とその場を去ろうとするのだが、ライガーの姿が目に入るとサインや写真撮影に忙しいレジェンドがその手を休めて握手を求めてくるほど。

 

 ライガーのプロレス人生において大きなポイントとなったのが素顔時代の海外修行。中でもカナダ・カルガリー、ミスター・ヒト(安達勝治)宅で過ごした時期。わずか3カ月だけだったが、そこで“世界の獣神”のDNAが注入された。
 そんなミスター・ヒトが「週刊ファイト」で「カルガリーへ来た若武者たち」なる連載を担当した際にライガーのことを語ってくれた。
     ◇        ◇        ◇
 ライガーはイギリスからカルガリーに渡ってきたんだよ。確かトーキョー・ジョー(大剛鉄之助、当時の新日本プロレス北米支部長)が呼んだはずだよ。でも結局、オレのところに居座って。まあ、馳や橋本がいたから居心地がよかったんだろう。

 

 ライガーはイギリスでもトップを張っていた。オレはそれをマーク・ロコ(初代ブラック・タイガー)から聞いていたし、新日本でもだいぶ試合をこなしていたから、こいつはいい試合をするだろうってピンときたよ。カリがリーにはジュニアヘビー級の選手も多かったしな。

 

 でもスチュ・ハートは最初、ライガーを見てビックリしてた。「こんな小さなヤツにレスリングができるのか?」って。そういえば、「もう少し背が低ければミゼットだよ」とも言ってたなあ……。だけど、カルガリーでのデビュー戦を見たら、ガラリと評価が変わったよ(笑い)。

 

 「ヒト、ヤマダはあんな小さいのに、なんであんな素晴らしいレスリングができるんだ!?」って(笑い)。オレに言わせれば、当然のことだよ。だからライガーは、すぐに上の方で試合が組まれるようになったね。

 

 今でこそライガーは試合を楽しんでるけど、あの頃は必死だったよ。練習も熱心だったしさ。バーベルでも重いのを挙げてたなあ。ベンチに座ったままのショルダープレスで130kgを簡単に挙げるんだ。ガイジンでもそこまで重いのを挙げるヤツは、そんなにいないよ。だから、あれだけの体を作れたんだろうけどな。

 

 本当にライガーの体はスゴイよ。腕も太いし、胸も厚い。まあ、手足が短いから太く見えるのかもしれないけど(笑い)。コスチュームで隠してるのはもったいないぐらい。

 

 あの小さな体で、どこのテリトリーへ行っても食えるだけの金を稼いでたんだから、大したもんだよ。それだけいいレスリングをするっていう証明だから。

 

 リッキー・フジがライガーを目標にしてるのは、よくわかるね。どっちも背が低くて、脚が短いだろ。

 

 そうそう、ライガーはオレの家からよく電話をかけてたよ。あの頃から、かあちゃん(千景夫人)と付き合ってたのかな? 違ってたらゴメンな。あいつは記録を持ってんだよ。オレの家で11時間もぶっ通して電話をかけてたんだ。それにしても、よく話すことがあるもんだよ。ライガーの耳は両方ともカリフラワーになってるでしょ? だから受話器を右の耳の当てたり、左の耳に当てたり。最後は「耳にタコができた」なんて言ってたよ(笑い)。それより、そのあとに送られてきた請求書には参ったかけどな。あいつ、20万円もかけてやがんの。

 

 それにしても、ライガーにいたずらには手こずったよ。だいたいレスラーっていたずらが好きなんだけど、そのなかでもライガーは特別にいたずら好きだったね。オレなんか毎日、気が気でなかったんだから。それも朝起きてから寝るまでな。
 

 オレがシャワーを浴びてた時のことだよ。カナダのシャワーって、水とお湯の栓が2つあって、自分で温度を調節するんだけど、ちょうど髪を洗ってたら、ライガーのヤツ、水の方の栓を締めて止めやがったんだ。シャンプーの泡を洗い流そうとしたら、熱いのなんのって。そりゃ、当然だよな。熱湯が出てるんだから。「アツッ!」って飛び上がったよ。

 

 すぐにシャワー室から出ようとしたんだけど、シャンプーの泡が流れてきて目が開けられないだろ? 手探りでドアのノブを探してたんだけど、タイルの上に残ってた泡で足を滑らせてシャワー室の中で転んでさ。まあ、ちゃんと受け身は取ったけど。

 

 でも、動けない状態でシャワーの熱湯を浴びてさ。危うく大やけどするとこだったよ。誰のいたずらかわかったから、「コラ、テメエ!」って怒りながら、とにかくシャワー室から出ようと
したんだけど、あいつのいたずらはそれで終わらないんだ。ドアのノブを探し当てて握ったんだけど、アイツ、馳と2人でノブを外からライターで熱してやがったんだ。オレはそんなこと知らないから思いっきり握ったんだけど、熱くて熱くて。あいつら、追い打ちをかけやがって。

 

 本当にあいつのいたずらは命懸けなんだから。それにしても、よく考えつくもんだよ(苦笑い)。

 

 馳と3人で移動してた時も、ライガーはちゃかり助手席に座りやがって。一番体の大きなオレを後部座席に追いやって。で、夜のハイウエーを走ってるときに、「きれいだなあ……」とか言いながら窓を開けて夜空を見上げてるんだ。そしたら馳が助手席の窓を閉めて、ライガーは首を挟まれてもがいてるんだよ。自分でパワーウインドーのボタンを押せば済むものを、ギャーギャー騒ぎながら後部座席に座ってるオレの頭を力任せにバシバシ叩きやがって。思い出したら、腹立ってきたよ。

 

 オレの店(お好み焼き店「ゆき12」)に来ても、いたずらばっかりして。鉄板の前に座って、「安達さん、これなんですか?」って言いながら、他人が注文したお好み焼きの具をほじくり出したり。

 

 とにかくライガーは、いたずらのネタばっかり考えてるんだよ。子供がそのまま大きくなったようなヤツだよ。アッ、大きくなってないか(笑い)。

 

 とにかく、一日中いたずらを考えてるようなヤツだったけど、女の子にはいたずらしなかったな。変な意味じゃないよ(笑い)。全日本女子からデビル雅美と小松美加がカルガリーに来た時も、いつもターゲットにされたのはオレだったから。女子が苦手っていうことはないはずなのに。

 

 でも、ライガーが女の子を口説いてるのは、あまり見たことなかったなあ……。まあ、あまり英語が達者じゃないっていうのもあったんだろうけどな。あいつのために、オレが代わりに口説いてやったことがあるぐらいだよ(笑い)。馳はリングでインタビューできるぐらい英語が達者だったから積極的だったけど、ライガーは何からなにまでこっちがお膳立てしないといけなかった。あの頃から、かあちゃん一筋だったんだよな(笑い)。

 

 それにしても、あまり英語が理解できない割には、スチュ・ハートとちゃんと会話してたから不思議だよなあ。まあ、あいつには明るさがあったからだよね。とにかくライガーがいる間は笑いが絶えなかったよ。

 

 ライガーはカルガリーに来てからずっと、「オーロラが見たい」って言ってたんだ。「安達さん、オーロラ見せてください」って。オレが作るわけじゃないんだけどな。

 

 初めて見たのは試合の帰り、ハイウエーを走ってるときだったな。車の窓から首を出して、「うわあ、きれいだなあ!」って子供みたいに騒いでたよ。

 

 レスリングは素晴らしかった。教えることがないぐらい。イギリスからカルガリーに入りしたわけだけど、最初の試合からヨーロッパスタイルの変なクセは抜けてたね。まあ、カルガリーは日本のスタイルに近いから、やりやすかったのかもしれないけど。それでもアメリカンスタイルをうまくミックスしてたもんなあ。器用なヤツだよ。

 

 一つだけ気になったのは体が硬いこと。でも、それが気にならないスタイルを身に着けてるよ。

 

 オレの中では、やっぱりライガーがジュニアヘビー級では癸韻世茵佐山(初代タイガーマスク)を超えたね。空中殺法でもな。まあ、最近はあまり飛ばなくなったけど。

 

 そうそう、ライガーは日本で車の運転してるの? カルガリーで俺の車を運転しようとしたけどダメだった。シートを一番前まで動かしても、アクセルとブレーキに足が届かなかったんだから(笑い)。リッキー・フジとえべっさん(菊タロー)と3人で組まないかなあ……。足の短い3人で。

 

 まあ、ライガーは世界中どこへ行ってもトップを取れることだけは間違いない。あいつはジュニアヘビー級の宝だよ。
     ◇        ◇        ◇
 一方、ライガーもカルガリー時代のことを次のように語っている。

 

 「初めての海外遠征はイギリスだったんだけど(1986年10月〜1987年5月)、春が終わる頃になると試合が減るんで、「それだったらカルガリーへ行ったら?」ということでイギリスから直接カナダに渡ったんですよ。

 

 安達さんとお会いしたのは、その時が初めて。5月半ばから3か月ぐらい。暑くもなく、寒くもなく、一番いい時期ですよ。冬はあまりに寒くて、みんな「死にかけた」って言いますけど、僕はその時期にいなかったんで。世界のあちこちに行ってるけど、バンフ国立公園見た大自然なんて、僕が今まで見てきた中で一番きれいな景色でしたよ。夏だったけど、オーロラも見たし。

 

 僕が行った時にはリッキー・フジがいて。ちょうど脳内出血を起こして手術して、リハビリを兼ねて一緒に練習してた頃で。そのあとに馳浩と笹崎さんがやって来ましたね。あと、デビル雅美さんと小松美加さんも来ましたね。みんなで安達さんの自宅のベースメントに住んで。イギリスでは1人でしたから、日本語で話す相手もいなかったけど、カルガリーでは周りは日本人ばっかりで。みんな交代でちゃんこ作ったり、近くのスーパーマーケットに買い出しに行って食材をカートごと家まで持って帰って、返さなかったり。いやあ、悪いことしてたなあ……(笑い)。年代も同じぐらいなんで、高校のクラブの寮の延長みたいな感じで楽しかったなあ……。日本食にも不自由しなかったしね。

 

 安達さんの印象ですか? その頃はまだ体も大きかったし、怖いイメージがあったんですけど、優しくて親切な方で。一緒に車でサーキットしました。レスラーとしては大先輩で、コーチとしていろいろ教えてくれました。「とにかくやれ」「なんでできないんだ?」っていうんじゃなくて、「こうなるから、こうやるんだよ」「こうすれば、こうなるだ

ろ?」って、答えを教えてくれるんです。ストンピング一つにしてもね。プロとしての見せ方も教えてくれましたよ。あれほど細かく、本当の意味でプロレスの技術をキチッと教えてもらったのは、安達さんが初めてでした。日本人だけじゃなく外国人でも、安達さんに教えてもらった選手を見たらわかりますけど、みんな基礎がしっかりできてますよ。

 

 安達さんも、安達さんの奥さん(一枝夫人)も、いちいち細かいこと言われないし。「せっかくカルガリーに来たんだから楽しみなさい」って。寮の管理人とおかみさんみたいな感じ。僕が寮長でね。精神的な修行なんて何もなくて、のびのびと楽しくやらせてもらいました。逆に安達さんの方が、僕たちのいたずらで、よっぽど精神的な修行になったんじゃないですか?(笑い)。

 

 1回だけ、安達さんの奥さんに怒られたこちがありました。「試合でケガした」って電話したんです。ちょうどその日は僕がちゃんこ番だったんだけど、森村(リッキー・フジ)に「ちゃんこ作れないから代わってくれ」って。足を引きずって家に帰ったから、みんな心配してくれて。それで、ちゃんこを食べ終えて、片付けも終わったのを見計らって「ウソだよぉ〜。なんともないよぉ〜」ってやったら、奥さんに「みんな、これだけ心配してるのに、あんたは何でこんなことするのよ。そんな冗談は許さない」ってこっぴどく怒られました。怒られた記憶って、それだけですね。

 

 安達さんはプロモーターだったスチュ・ハートさんから信頼されてましたから、その教えを受けてるってことで、馳もだけどハート兄弟(ロス、オーエン)とよく組ませてもらいましたし、バッドニュース・アレンや稲妻二郎さん、キューバン・アサシンとかとよく試合させてもらいました。トップで扱ってもらったんで、いい経験させてもらいました。

 

 安達さんが亡くなった日(2010年4月20日)、ちょうど大阪で試合があったんで、試合後に線香をあげに行ったんですよ。そしてホテルに戻って寝てたら、窓を開けてないのに風が吹いてきて、枕元に人の気配がしたんです。「安達さんですか? お別れ言いに来てくれたんですか? ありがとうございました。安達さんでしょ?」って言ったら、気配がすうっと消えて。そのあと、はっきりと目が覚めたんです。夢だったのか何かわからないんですけど、そういうことがありました。僕はお別れを言いに来たんだと思ってるんですけど、もしかしたら、いたずらの仕返しをしに来たのかもしれないね(笑い)。

 

 安達さんからもらった帽子があるんですよ、冬用の。ちょうど耳が覆われるやつで。まだ持ってます。それが形見ですね。

 

 もし戻れるんだったら、あの頃に戻りたいですね。もちろん、あのメンバーがいたらですけど。まさに青春でしたね。あれからもうすぐ30年ですか。ここまでプロレスラーを続けて来れたっていうのは、安達さんに教わったからこそ。安達さんは僕の恩人です」

【2019.03.08 Friday 02:23】 author : 元Fight野郎 | - | comments(0) | trackbacks(0) |
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