元Fight野郎

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震後

 6月18日(月) 目を覚まして、まだ布団の中にいるときだった。そろそろ起きようかと思ったころに、下から突き上げられる衝撃を感じた。瞬間、「あっ、地震だな」と思ったが、起き上がることすらできない。まるで、隣で斫り屋が作業してるのではないかと思われるほどの縦揺れに身を任せるばかり。その後、横揺れが襲ってきたが、その間隔が短いことから震源地は近くだなと、意外にも冷静に判断していた。

 

 1995年1月17日、同じように目が覚めて少ししてから、阪神淡路大震災に襲われた。それと同じような感覚だったが、時間にしては23年前よりも短いなと思った。免震構造だからなのだろうか、地震が納まっても、しばらく横揺れが続いているような感覚だった。

 
 ベッドから出て、まずはガスと水道の確認。とりあえず、ガス漏れがあると困るので、元栓を締めておく。あの時と異なり、明るくなってからだったので、意外にも冷静。むしろ、ちょうど通勤・通学時間なので、大きな被害が出てないかとの方を心配した。
情報収集のためラジオのスイッチと入れる。しかし、すぐには音声が流れず、もしかして放送不能に陥る被害を被ったのかと心配したが、ほどなく聞き慣れたパーソナリティーの声が耳に届いたのでホッとした。「遠くの親戚より、近くのラジオ」……23年前のキャッチフレーズを思い出した。

 

 一段落したところで、事務的な作業を始める。終わったところで交通情報をチェック。新幹線をはじめ、ほとんどの鉄道が運転見合わせ。明日には東京に移動しなければいけないのだが、大丈夫だろうか……。

 
 空路でという手段もあるが、ほとんどの便が満席。昼過ぎに東海道新幹線は運転を再開したものの、新大阪へのアクセスが寸断されている。

 
 デスクに座っていたも最新情報は得られないのと、早めに指定席を確保するのが得策だろうと大阪駅に向かう。

 

 “ダンジョン”と呼ばれるほどの地下街も人通りは少なく、シャッターが閉まっている店が大半。開けていても、「今日は商売にならんわ」と店員もあきらめ顔。明日の運転再開もどうなるかわからないので、できれば本日中に移動することも考えていたが、とにかく新大阪へにたどり着かないことにはどうにもならない。タクシー乗り場、バス乗り場は長蛇の列で、対応に終われていた駅員も、「タクシーは出払ってますし、1時間待っても漏れるかどうか確約できませんね……」とのこと。まあ、慌てることはないと考え、カフェでしばらく時間を潰そうかと思ったが、開いているカフェすら少ない。百貨店、書店だけでなく、駅コンビニ、駅そばまでもが臨時休業。

 
 区間運転している地下鉄の駅員に全線運転再開のメドを尋ねても、「わかりません。点検の結果次第です」との言葉が帰って来るだけ。そこに大きなキャリーケースを引きずった外国人女性が2人やってきた。スマホを示して、「ここに行くにはどうしたらいいか?」と尋ねている様子。覗き込むと、最寄り駅は別の鉄道会社。「この線じゃない」と返すと、「じゃあ、どの線なのか?」と聞いてきた。しかし、その線は現在、運転を見合わせている。その旨を伝えると、「タクシーで行けないか?」と言ってきたので、「行けないことはないけど、料金が高いぞ。それに今、タクシー待ちの列が長くて、すぐに乗れない」と返す。途方に暮れた感じだったので、「とにかくホテルに連絡してみたら?」と言うも、「日本語での対応ができないので、手伝ってほしい」とのこと。まあ、乗り掛かった舟だからと、まずはホテルの連絡先を調べる。ホームページ開いたところ、「地震の影響により、本日の営業は中止」との案内が目に飛び込んできた。

 

 それだけ伝えても、彼女たちはどうしていいかわからない。とりあえずホテルに電話を入れ、対応を聞いてみた。
「申し訳ないですけど、本日はキャンセルとさせていただきます。キャンセル料はいりません」

 

 ただ、彼女たちは2泊の予定だったので、まずは「明日の分の予約もキャンセルになるのか?」と尋ねる。「明日は営業できると思いますけど、今、館内の設備をチャックしているところなので、まだはっきりした返事はできかねます。明日の予約は残しておきますので、利用できるかどうか、また、明日ご連絡させていただきます」との返事。ただ、彼女たちが日本の携帯電話を持っていないので、メールアドレスを伝える。香港からのお客様なので、「簡単でいいですから、英語でお願いします」と付け加えておく。
ホテル側から別の宿泊先を紹介することはないとのことで、「今夜のホテルは自分たちで探してほしい」という伝言を伝える。

 

 地震に襲われた地に到着。言葉がわからない上に、混乱する街に放り出された。とにかく早くホテルに入って……と思っていたところ、公共交通機関はほとんど機能を失っているのだから、不安しかなかったことだろう。「私たちはどうすればいいの?」とうろたえるしかなった。最初は悲壮感漂った表情だったが、どうすればいいかわかったところで、ようやく笑顔もこぼれた。こんな状況ではあったが、最後は「Take care & Enjoy!」と声をかけて別れた。

 

 さて、こちらはとにかく状況が変わるのを待つしかない。まあ、なるようになるさ……。

【2018.06.18 Monday 20:06】 author : 元Fight野郎 | - | comments(0) | trackbacks(0) |
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【2018.07.10 Tuesday 20:06】 author : スポンサードリンク | - | - | - |
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